2018年4月4日水曜日

植物図鑑

    「植物図鑑」

輪郭のない風に乗って
冬の精が踊りながら
窓ガラスにぶつかってくる
風のかたちが見えてくるたびに
心をノックされている気がして
(’私はどこからか逃れてきたようだ)

あたたかい部屋の中
ソファーに深く沈みこむと
分厚い植物図鑑を開く
印刷の匂いが広がって
つややかな緑の世界
図鑑の中でひしめきあっていた
鉱山の花たちが飛び出してくる

薄紅色にうつむいていたコイワカガミ
ささやきかける紫色のイワギキョウ
透明な秘密の言葉が隠れている
(花を見ながら、一瞬、見つめ合っていた)

花びらがくるくるつ回るチングルマ
白く優しいハクサンチドリ
ミヤマキンポウゲが明るく灯る

岩と岩の間を一歩ずつ
息を切らせながら登っていく
神様が創ったロックガーデン
(誰かの足跡に、私の靴を乗せて)

山がたくさんの足跡を受け取ると
空が近づいてくる
銀河まで繋がっている予感

地上から1000メートル越えると
花の精がきらめきながら飛びまわり
花は光そのものになる

タテヤマリンドウ‐ キヌガサソウ
ワタスゲ・クルマユリ・・・・
呪文のように呟くと
夏山の気があふれてくる
花の時間 山の時間 人の時間
しゅるるとからまりあって
いっきに生命の源をたどる
自分が植物だった頃の記憶が
ふと蘇ってくる瞬間
懐かしさがこみあげて

私は植物図鑑のページの中に
するっと吸い込まれてしまった
(誰かが開いてくれるまで、ここで待っていよう)

窓の外はキーンと凍った冬の色
風の音と姿はもう消えて
月明かりだけが散らばって
花びらのように見える夜





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