2018年4月22日日曜日

糸の言葉

         「糸の言葉」

あざやかな色彩の糸が
リズミカルに並び
さまざまな形を作り出している
ミャオ族の刺繍展
不思議な模様の
しなやかな美しさに
引きこまれていく

布たちが呼吸している
と思った瞬間
詩集のあいだから
一匹の蝶がこぼれ出て
展示ケースを抜け出して
宙を舞い始めた

あちらからもこちらからも
たくさんの蝶が
飛び出してきて
無数の精霊を連れて
いっせいに乱舞している


光る粉がふりかかり
鱗粉に触れたなら
懐かしい場所に帰っていく

ミャオ族の最初の人は
蝶の卵から生まれたという

風の中できらめいている
光を探し求めて
風のすきまに
すべりこみながら
追いかけ続けた
あの日々

蝶の魂を宿し
宇宙に張り巡らされている
見えない糸を
たぐり寄せ染め上げて
伝えたい思いを
一針一針にこめて
刺していく

私は山麓の村に住み
涼風のなかで手仕事をしている
ミャオ民族の女になっていた

届けたい思い
あなたに届いていますか







2018年4月12日木曜日

空と雲の絶妙なバランス

      「空と雲の絶妙なバランス」

うすぐもりの空を見ていると
ねむくなってくる
グレーの空気のかたまりが
とろんと覆いかぶさってきた
現実のジグザグ模様や
こんがらがった渦巻きも
ぼんやりなだらかになる

閉じ忘れた心の窓から
雲のはしが入り込んで
心の中と外が
つながっていく

空が雲を抱きしめるたび
雲がどんどんふくらんで
雲はずっしり重くなる
雲の輪郭は心の形のように
どこまでもとりとめがない

今にも雨が降り出しそうな
今にも晴れ渡りそうな
どちらにもならない
空と雲の絶妙なバランス

ねぇ 目をさまして
自分で雲を突き抜けてみようか
ふーとゆっくり吐き出して
わきあがる青空を吸い込み
こぼれかけた雨を飲みこんで

つるっとした風の背中
すべすべの水の足音
すらりとした土の頬
がさがさの樹木の肩
さくさくした屋根の額
ふっくらした花の手のひら

ひとつひとつのものたちに
手で直に触れてみる
触れた瞬間,体に響く

あの不思議な実感
とがった形はとがったままに
まるい形はまるいままに
すべてのものを素手でつかみたい
芽を開けて見続ける夢の途上で




2018年4月6日金曜日

     「今」
未来に引っ張られている時は
過去からも引っ張られている
キーンと張り詰めた見えない糸は
どこまでも伸びて
私はちょうど真ん中あたりで
綱渡りしている

一歩踏み出すたびに
全身が大きく傾いて
世界中が揺れる

踏み外しても
青空に落下するだけだ
耳もとで風がごうっと鳴って
すべての音が消されていく
脈拍の波が押し寄せてくる
何もかもが不安になると
肩先が妙に寒いね
太陽を浴びた草の匂い

近くを見ることが怖くて
遠くばかり見ていたら
糸の細さが気にならなくなった
芽をつむるともっと遠くが見える
昼間なのに暗い空間
もう夜なのかもしれない

ふと立ち止まったら
光の束がいっせいに
私に向かって飛びこんできた
たくさんの色彩が重なり合って
私の中を白い光が
駆け抜ける

果てしなく遠い場所で
透明な水が湧き
白い滝になって落ち続け
月の光に照らされている

ほんのわずかな確率で
今、虹が出ている

2018年4月5日木曜日

呼吸する風景

      「気球する風景」

世界のどこかで
艶のある闇色のタマゴから
ふわっと飛び出す朝の色
生まれたての光は
眩しいエネルギーの源
膨大な量に増殖して
何億もの窓に
押し寄せてくるから
ガラス窓は膨張して
大きくしなり
部屋の中まで風景が
なだれこんでくる

私は静かに受け止めて
ゆっくりと元の場所にもどす
山の位置 空の位置 自分の位置
カチッとはまった時
無音だった風景が
新しい今日の音楽を
奏で始める
まっすぐに伸びる視線
遮るものが何もない空間
効いたことのない旋律が
響き渡り
体内にこだまする

今日はどこまで行けるだろう
目的地を決めない旅人のように
いつもどこかに向かっている
出来る限り遠くまで行って
風景の呼吸を感じながら
まだだれも見たことのないものと
出会いたい
図ることのできない距離と時間
余白が多いほど可能性が大きい

弾きたてのコーヒーに
熱い湯を注ぐと
ふくらんでくる褐色の大地
コーヒーの香りで
外と内の境界がとけていく
世界のこの場所から
朝が始まる


      「風」

私は風の中にいます
風が私を包囲しています

春先の唐突な強風に
家ごとあおられながら
私は風をみつめていた

木の枝が小刻みに揺れ
明るいグレーの空に
突き刺さったり離れたり
抽象画のの線のように
風の動きを描き出す
とめどなく変化し続ける
風の形 形の風

風が強く吹きつけるたびに
何かがこわれる音がする
屋根がめくれあがろうとして
窓枠が震え始める

世界のどこかが軋んでいる
妄想が大きくふくらんで
得体の知れない
原初の不安感に包まれる

風は何かを伝えたいのだろう
叫びながら訴えてくる
つぶやくように語りかける
風の音 音の風


私は急いで詩の言葉を
書きとめようとしたが
風に吹きと飛ばされてしまい
風の言葉だけが残り
私は風の決勝を拾い集める

たくさんの風の音とかたち
通り過ぎて行くと
雲も一緒に飛ばされて
奇跡のように透明な景色
まっ青な空が見えてくる
風の魂 魂の風

私は風の中にいます
風は私の中にあります





2018年4月4日水曜日

植物図鑑

    「植物図鑑」

輪郭のない風に乗って
冬の精が踊りながら
窓ガラスにぶつかってくる
風のかたちが見えてくるたびに
心をノックされている気がして
(’私はどこからか逃れてきたようだ)

あたたかい部屋の中
ソファーに深く沈みこむと
分厚い植物図鑑を開く
印刷の匂いが広がって
つややかな緑の世界
図鑑の中でひしめきあっていた
鉱山の花たちが飛び出してくる

薄紅色にうつむいていたコイワカガミ
ささやきかける紫色のイワギキョウ
透明な秘密の言葉が隠れている
(花を見ながら、一瞬、見つめ合っていた)

花びらがくるくるつ回るチングルマ
白く優しいハクサンチドリ
ミヤマキンポウゲが明るく灯る

岩と岩の間を一歩ずつ
息を切らせながら登っていく
神様が創ったロックガーデン
(誰かの足跡に、私の靴を乗せて)

山がたくさんの足跡を受け取ると
空が近づいてくる
銀河まで繋がっている予感

地上から1000メートル越えると
花の精がきらめきながら飛びまわり
花は光そのものになる

タテヤマリンドウ‐ キヌガサソウ
ワタスゲ・クルマユリ・・・・
呪文のように呟くと
夏山の気があふれてくる
花の時間 山の時間 人の時間
しゅるるとからまりあって
いっきに生命の源をたどる
自分が植物だった頃の記憶が
ふと蘇ってくる瞬間
懐かしさがこみあげて

私は植物図鑑のページの中に
するっと吸い込まれてしまった
(誰かが開いてくれるまで、ここで待っていよう)

窓の外はキーンと凍った冬の色
風の音と姿はもう消えて
月明かりだけが散らばって
花びらのように見える夜