2018年2月16日金曜日

(新しい本)森

     「森」

つきささる時の影に
森がざわめき始めた
わずかな光を誘い出そうと
強い風が吹き荒れる
木々の枝は大きくうねり
小刻みにふるえる葉先が
私の空を切り裂いていく

ちぎれかけた葉っぱから
植物の匂いがほとばしり
森全体に立ち込める頃
地鳴りのような音が聞こえてくる
動き出すことが怖くて
うずくまっていた私の
脳髄に分け入ってくる
森の呼吸音
(こんな遠くまで、響くなんて)

私は激しく揺さぶられて
駆け出して行った
ブリキ製の星座版だけ持って
戸を開けて外に出ると
そこは天球の内側だった
雲は風に追われて
晴れ渡る闇のドームのなか
北斗七星からたどって
北極星を探す

森と私の位置

青い樹木の幹が
迷路になって続く
まがりくねった森の道は
登っているのか下っているのかわからない

とがった草を踏んで
心の流れのままに
ひと晩中駆けめぐると
素足に一筋の血がにじむ
(時の影が 抜け出している)

風といっしょに流れ星を
飲みこんでしまったらしい
私の中で星がまたたく
朝までにたどり着けなくてもいい
森のざわめきの方向に
今を走り続ける





2018年2月15日木曜日

ひなまつり

       「ひなまつり」

山いちめんに
桃の花が抱いて
青空にくるまれている
桃色の花あかり
内側から光を発し
花びらと空の境界線が溶けて
空いっぱいに広がった

見上げていると
どこかに紛れ込んでしまいそうだ

垂直に立っている
からかみを開けると
昼でもほの暗い座敷真の
片隅で小さなひなまつり

緋毛氈の階段に
おひなさまが並べられ
華やいでいる
未知の白と期待の赤が
混ざりあって生まれた
桃色の空間
人評たちは黙ったまま
時間を吸い込んでいる

障子を開けると
庭に集まっていた日光が
部屋に流れ込んでくる
畳の上に眩しい光の線が引かれ
光と影の境目を
わたしは行ったり来たり

もうすぐ五人囃子の音楽が始まるよ
三人官女が何か大切な物を
運んでくる

おひなさまとお内裏さまをは
これからどこへ行くの
見えない物語の続きが気にかかる

いつも何かが始まる直前
閉じ込めた時間が
あふれそうで
みんな桃の花色に染まるから

垂直に立っている
あのからかみを
そっと開けてみる







(新しい本)言葉に乗って

       「言葉に乗って」

いちばん行ってみたいところは
あなたの心の中

私がつぶやいた言葉が
空に浮かんでいる
もうすぐ夕焼けになりそうな
予感に満ちた夕空の
たなびいている雲の間

うっかりした忘れ物のように
広い空に引っかかっている
私は思いっきりジャンプして
いろいろなもを飛び越して
言葉のふちにつかまった
ザラザラした言葉の手触り
じかに感じながら宙ぶらりん
風がやってくるたびに
体ぜんたいが大きく揺れる

もう落ちるかもしれない
と思ったとき、もっと強い風が吹き
私は遠くに吹き飛ばされてしまった

自分で飛んでいるのではなく
飛ばされているのだけど
無数の光のつぶとぶつかりながら
時間の影をいくつも追い越して
ちぎれた葉っぱの緑の匂い

海を渡る三日月の孤独
体が斜めになったまま
宙をひた走る
どうしても行きたい場所に行く時

人はこうして言葉に乗って
旅をするのだ
宇宙の法則を次々と壊しながら
あの人の心の中に
吸い込まれていく






2018年2月12日月曜日

(新しい本)キミと出会うのは

      「キミと出会うのは」

キミと出会うのはいつも冬
すべての色彩が光にもどり
どこかへ帰っていく時間
世界の表面が薄くなって
心が透けて見えてくる
ボクは自分の心の空洞に
佇んでしまう

そんな時、キミは空からやってくる
狂ったようにざわめいている暗い空から
きよらかにひたむきに落下する
心の天井を壊してきたの
キミは笑いながらおどけてみせる
もう一つの国からそそがれる
ま新しいメッセージ

キミはとても冷たい
ボクの手のひらで溶けていく
キミは誰
ボクはキミの名を思い出そうと
記憶の底を探す
かすかな存在感が少しずつ
積み重なって つもると
この世の価値観がクルッと反転し
ボクはキミでいっぱいになる
ボクはキミ キミはボク

時間が凍って立ち止まっている
光になった色彩のつぶが
みんなここに集まって
白く白くまっ白になっていく
地上日置き忘れられた雲の輝き
今にも動き出しそうな
白い動物たちたくさんかくまって
静まりかえった
何もない白い空間

キミとボクの二人だけ
本当に出会えているのかいないのか
白さの中で戸惑いながら
二人だけで世界は満席になる
ボクの心の中なのに
現実から一番遠い場所





2018年2月11日日曜日

こもれ陽

     「こもれ陽」

かさなりあった木々の枝の
葉っぱのすき間には
ギザギザになった小さな空が
いくつも浮かんでいる

風が吹くたびに形が変わり
鳥が羽ばたくごとに
小刻みに揺れるけれど
静止した瞬間に
まわりの空気が凝縮して
青く透明なレンズになる

アクアマリンの原石のような
こもれ空の光のレンズ
じっとみつめていると
向こう側の世界が見えてくる

心とつながっている
レムリアの大地にも
穏やかな陽が差して
川に沿って続く道が
どこまでも伸びていく

上空の木の葉が
リチウムクオ―ツ゚に変わる頃
心のどこかにもこんな木が
すっと立っている気がする

こもれ陽と一緒にこもれ空が
地上に降りてくるとき
大きな空のピアノが音をたて始め
ひたむきにピアノを弾いている
あなたの指が見えてくる

音楽は私の内部に入り込み
私のすべてを揺さぶってくれる

今、ピアノの音の一滴が
私の海に落ちたようだ
海がふるえて波が生まれ
私は光の波で満ちてくる
もう溢れてしまいそうになる

空のどこかで
ピアノを弾いている
あなたはいったい誰ですか






2018年2月10日土曜日

(新しい本)空を泳ぐ

       「空を泳ぐ」

夏空は海の匂い
まぅ青に広がる海原を
雲がどんどん動いていく
目で追いかけていると
急に心が誘われて
私は空を泳ぎ始める

空を思いきり吸い込んで
少しずつ吐き出しながら
両手をゆっくり伸ばし
風力を確かめながら
宙を泳ぐ

白い雲の波に乗って
かろやかに前へ
体にからみつく夏空は
とろりと濃く
太陽の粒を浮かべている

眼下を覆っている
陽光と山々の色を溶かし
いくつもの影と
人や鳥の声を飲みこんで
いっそう澄み切っていく
真夏の空

空気をめくりながら
進んでいくと
空はきれいな円を描く
光で作られた魚の群れを
追い越してスピードを上げる
雲の波をくぐるたびに
新しい風景が生まれる

夏空は揺れている
いつも不定形に
動き続けるから
迷い込むのにちょうど良い