「春の雨音」
るっぴん るっぴん
ふいに明るい雨の音
銀色まだらの大空を
すっすと撫でて るっぴん るっぴん
ひしめきあう水滴曲線に
小さな光を宿し
吸いこまれる のみこまれる
澄みわたる吉備の野へ
びっしょり黒光りの土の中へ
「何だかあったかいね」
「うん、ぼくのあたまのなか
まあるくなってきたよ」
「からだのすみずみまで
しみとおっていくね」
ゆうらゆうたちのぼれ
透明なオーロラの微風
ゆうらゆうたちのぼれ
いのちの揺れ
(あの山にねむる古代人は
ひときわつめたい唇に
春の最初の雨つぶを受けたとき
ことんと目をさますという)
ひとり またひとり
土くれをかぶったまま
起きあがるから
荒い息を吐く肩の向こうに
円形のまばゆい空間が広がる
記憶の底の
弥生の土器はさくら色
はるか宇宙樹のてっぺんを
ゆさゆさ泳ぐ
はるかすみと同じ色
土器の中でひたひた波うつ水は
未来形に伸び
大きな太陽を内蔵していた
長い黒髪を後ろで束ねた女の人が
ゆっくり手をひたすと
日光はちりぢりに反射し
顔に照りかえる
いつもこうして最初の命は始まる
いく億もの朝が通り過ぎ
るっぴん るっぴん
地平線の真上をつたう雨の音
果てしない宇宙の時間を
問うことさへ忘れたように
今日の雨は
ノックする